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りなりな821

Author:りなりな821
岩田りなです。『 自分らしさ 』 という本当の豊かさを取り戻すための、セミナー、カウンセリング、プロデュースをしております。
ルルドの泉、フラワーエッセンス、ライフトラック、ビジョン心理学が大好きです。
阿蘇・熊本のパワースポットやイルカちゃん、自然が大好きな、元ダイビングインストラクター。



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ベランダから


バラちゃん達がおわり、紫のつりがね草がかわいく咲いています
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今朝はお庭のバラ



朝、カーテンを開けると窓越しにかわいいお花ちゃんたちが現れて癒されます。

結構男勝りなキャラな私だけど、お花には縁があって、母も祖父も近所で有名なくらいきれいな庭づくりをする。


我が家のお隣も御主人がバラ好きで、眺めるお花にはこと欠きません。

お庭のさくらんぼ


コースより

誰もが癒し、解放、安らぎという聖霊の贈り物を受ける資格を等しくもっています。


自分に代わって問題を解決してもらうために聖霊に問題を委ねるということは、
あなたはその問題が解決されることわ強く望んでいることを意味します。


聖霊の助けを得ることなく自分自身で解決しようとしてその問題を取っておくことは、

問題を解決せず、結末をつけないままにしておく決断をし、問題に非公正と攻撃の力をもち続けさせる決断をすることです。


奇跡のコースより
大内博 訳

天草のマリア様

海の随一のパワースポット天草妙見ケ浦のある地域の歴史を紹介します。


島原の乱で島原のキリシタンは全滅したと思われていた。

しかし、

この大江地区では隠れキリシタンとして信仰を守り続けていた。

大江天主堂は丘の上に建つロマネスク様式の白亜の堂が美しい天主堂です。

この天主堂は昭和8年ルドビコ・ガルニエ神父が私財をなげうって建てたもので、
神父は一生をこの地にささげました。

敷地内にはキリスト教の聖地フランスのルルドの聖母像とルルドの泉を模した洞窟が再現されています。


■ 開館時間 9時~17時 (拝観自由)
※月曜日は休館 また日曜の礼拝時は見学不可
天草ロザリオ館は大江天守堂に登る入口にあり、天草にキリスト教が伝来してから禁教復活の時代までをいろいろな展示物で紹介しています。


ルドビコ・ガルニエ神父

明治7年(1874年)には、キリスト教が復活しました。

この大江地区には明治15年(1882年)にボンネ神父が
大江、崎津の初代主任神父として着任しました。

しかし期間は数ヶ月で同年12月にはフェリェ神父と交替しました。

このフェリェ神父もなかなか出来た人で根引きに孤児院(根引きの子部屋)を

建てたり学齢に達した子供を大江と崎津の小学校に入学させたりしました。

フェリェ神父の後任として明治25年(1891年)にガルニエ神父が着任しました。

ガルニエ神父はフランスの人です。

紀行文「五足の靴」にも書かれていますが、地元の人は敬愛を込めて
「パアテルさん」と呼んでいたようです。

ガルニエ神父は自ら希望して、ここに着任したようです

それは弾圧されながらも信仰を捨てなかった天草の人々と共に生きたかったからです。

着任したときガルニエ神父は47歳でした。

ガルニエ神父は生活費を極度に節約していました。

麦飯を食べ、着くずれたスータンを身につけていました(一度も新しい服を買ったことがなかったそうです)。

また、その当時神父は2年に1度フランスに帰ることができるシステムでしたが、

ガルニエ神父は本国から帰国の費用を送らせ、給料と合わせてすべてを貯えていました。
 
天草が飢饉に陥ったときはその資金で村人を救済し、後の天主堂の建替え費用に蓄えていました。

そして、昭和7年(1932年)に新聖堂の建設に着工しました。

しかし、思った以上に建設費がかさみ資金不足になりました。

このときガルニエ神父は天草の信者に負担をかけてはいけないと思い、

フランスの親戚などにお願いし資金を工面したのです。

そして翌昭和8年、見事なロマネスク様式の聖堂を完成させることができました。

これが今の大江天主堂なのです。

ガルニエ神父は、結局一度もフランスに帰ることなく生涯を天草の伝道に捧げ、

昭和16年(1941年)に82歳で亡くなりました。

聖堂の横には神父の像が、教会のすぐ下には神父の墓が聖堂を見守るように建っています。


りなりな記
私は独身時代ダイビングのインストラクターとしてこの天草の海で

たくさんの方々にライセンス取得の講習をおこなっていました。

たくさんお世話になっているにもかかわらず、フランスからこの地に贈られた

大江天主堂の存在、ルルドのマリア様の存在を知りませんでした。

恥ずかしい話ですが。

いろいろな仕事柄、わたしは天草だけでもいろいろな海岸でダイビングをしてきましたが、

この地のこの場所の海につかるのは格別に気持ちよいのが長年の不思議でした。

慢性的な疲れや、ちょっとした風邪のひきはじめなどはここに浸かることで何度

元気を取り戻したかわからないくらいです。



確かに、海中の魚や地形がおもしろく、誰にもここが楽しいポイントであることは

明白なのですが。。。

でもこれでなんとなくわかったような気がします。

この海がパワースポットの海であることが。



長い年月この地はマリア様への祈りの場所だったのです。

また特にフランスのルルドのマリア様の恩恵もたくさん降り注いでいるのだと

思いました。

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